ゆとりの人生100年戦略

元新卒社内ニートのキャリアLAB(転職・キャリアUP、ときどき旅行)

キャリア迷子日記 〜人との出会い編〜(5秒ルール) Part3

おはようございます

谷町グリンです

 

関西では緊急事態宣言が解除されましたね

 

僕の家の周りにも多くの人が出歩き、久しぶりの外出を楽しんでいました。

リフレッシュもいいですが、まだまだコロナ問題は解決していないので

皆さんもお身体をご自愛ください

 

さあ、それでは今回もキャリア迷子日記Part3を書きたいと思います

 

今回のテーマは「人との出会い」です

皆さんも日々いろんな人との出会いがありますよね

 

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私も会社で働く中でいろんな方と関わりましたが

 本日はその中の1人との出会いについて書きたいと思います

 

テーマは下記です

0.恩師に出会うまでの迷走社会人人生について

1.「やるなら今しかないぞ」

2.地獄のスパルタ教育

3.久しぶりの集合研修で気づいたこと

4.井戸の外には何があるんだろう

5.「で、結局何が言いたいのかと言いますと」

 

では、いきましょう

 

0.恩師に出会うまでの迷走社会人人生について

 

まず恩師について書く前に、当時の私の社会人生活についてざっくり説明します

 

恩師には社会人2年目にあったのですが

それまでの私の社会人人生を一言で表すと『社内ニートでした

 

私は前の記事でも紹介したのですが

私は自動車部品メーカーに総合職として入社したのですが

なぜか1年目はフォークリフトに乗って作業員として倉庫を駆け巡ってました

 

また、ついに本部に呼ばれた2年目の仕事は

60歳を超えたおじいさんとペアでやることになったのですが

この人がまあ「教える気もなければ、再雇用中とのことでやる気のかけらもない人でした」

 

出張とかこつけてはしょっちゅう四国や九州、東北などの遠方に出かけては

美味しいものを食べ・観光地を巡ると言ったようなやりたい放題でしたし

私に対しても「仕事は教える気はないから勝手に見て覚えて」と言うスタンスでした

 

私も業務の習得をしようと努めましたが、

そもそも再雇用の方の仕事などで仕事量も少なく、

加えて、気がつくと仕事は勝手におじいちゃんが完了しているという状況でした。

 

そんな状況でしたので営業・生産管理といった

教育体系が整った部門に配属された同期とは優劣を比べるどころか

そもそも同じ土俵にすらのれていませんでした

 

そんな状況でしたので2年目が終わった時点では

恥ずかしくて自分の仕事内容について周囲に話すことができませんでした

(PS.直属の上司にも仕事を増やしたい等の相談は定期的にしましたが全て無視されてました)

 

そんなこんなで、やばいと自覚しながら

「スキル0」にして社会人2年目が終わりました

 

2.俺は日本一の企業から来た! 猛烈ストロングマシンの事業部長

 

 『このままではやばい! ただ転職できる業務経験も全くない』と言う絶定絶命の状況の中で

 私の職場に1つ変化が起こりました

 

それは部長の交代です

私の会社には定期的に親会社である完成車メーカーより部門長が天下ってきます。

天下ってきた人はテキトーに仕事をする人も多いのですが、この人は違いました

 

この部長は今まで私が接してきた大人しくしてれば年功序列で偉くなれるのだから

のんびり問題ごとは起こさず、ぬらりくらり会社人生を生きようとうする人と違い

土日も会社に出社して成果を出そうという「The・猛烈仕事人間タイプ」でした!

 

また部長はインテリ風でありながらもゴリゴリの体育会系ということもあり

既存のぬるま湯上司に対して大声で厳しく指示出しをしていました。

毎日大声で指導しているため、当然フロアにいる私にもその声は聞こえてきたのですが

その内容は「至極ロジカルで正論、何も言い返すことはない」と いう内容でした

 

そしてこの部長を見ている内に

 私は「この機会を逃したら一生このままだ」と直感的に感じ

部長が来て1ヶ月後に思い切った決断をしました

 

それはサラリーマンでは禁じ手の直属の上司を超えた直談判です

そして下記のような行動に出てのです 

 

僕は部長のスケジュールを見て、前後に15分に予定がない時間を調べました。

そして部長がトイレのために席に立った後をつけ、

トイレから出てきた瞬間に誰もいないことを見はかり「5分時間をください」と伝え

事前に予約した会議室で話を聞いてもらうようにお願いをしました。

 

話の趣旨は

「このままの働き方じゃダメだと2年間感じてきた。上司にも何度も相談したが

 一向に変わらないので、自分に仕事をください!」という内容です。

(私はこれで生意気なガキだと思われ干されるなら、転職しようと思ってました)

 

ただこれを聞いた部長の反応は予想とは裏腹に非常に冷静でした。

部長はただ「うん、このままだと絶対ダメだと思うよ。まあ考えとくから待っとけ!」

という回答でした。

 

そして2週間後、部長は部内の全員を集め

「一部の役職者を除く、全員の業務内容をシャッフルする」という発表をし

僕は「部の中で一番業務量の多いと言われている担当」に変更になったのです

 

2.地獄のスパルタ教育

 

そこからのスパルタ教育の始まりでした

 

私が新しく任命された業務は部長が配属される前から,

業務量が多い・現場に近いため現場のおじさんからきつい言葉をかけられやすいという

「ハズレ業務』と言われていた包装資材の管理・改善業務でした。

 

また既存のやり方で業務を回すだけでも『スキル0』の自分には大変だったのですが

部長は「既存のアウトプットや管理レベルでは話にならない」と

これまで以上の業務レベルを僕に求めてきました

(僕の内心は、毎日毎日大声でお前の仕事はダメだと怒鳴るけど

 歴代の担当者でここまで要求されてる人いないよと最初は思ってました)

 

また部長は新たな業務をどんどん直接私に指示しました

 ・役員にプロジェクトの進捗と決済内容について自分で報告しなさい

 ・海外のメンバーに対して英語で1週間後にプレゼンを企画しなさい

 ・KPIの報告方法について今までと違うやり方を0から考えなさい 

 ・工場や営業と話をしてきてQCD納得してもらえる包装資材の改善をしてきなさい 等

 

それまでまともに働いた経験もない自分にとっては、

どの仕事も力不足で十分な結果が出せず、とにかく毎日怒鳴られていました

ただ、どの指摘内容も誰が見ても部長の主張は正論で僕は「ぐうの根も出ません」でした

 

「お前の仕事は仕事じゃない」「お前の資料は見るに値しない」「意味がわからない」等

厳しい指摘で心が折れ長期連休最終日には本当に逃げ出したかったのが今でも懐かしいです

 

ただ、悔しいし、情けないし、後輩からも可愛そうな目で見られるこの状況でも

僕は「部長から絶対逃げ出してはいけない」と本能的に感じていました

 

周囲の先輩は賢く、うまく上司を交わす、または精度良く仕事ををこなせて

すごく羨ましかったのですが、不器用かつ頭が良くない自分は

毎日報告に行っては怒鳴られ、また報告する日々」を繰り返しました

 ※この時は意地になって、周囲を気にせず部長に認めてもらうことだけを考えてました

 

そして毎日怒鳴られ続け一度も認めてもらうことなく

「やっぱり自分は仕事が全くできない」という感情のまま

部長にあってから3年間が過ぎ、気がつけば入社から5年間が過ぎ去っていました

 

3.久しぶりの集合研修 

 

そんなこんなで毎日怒鳴られ続けていく内に5年が経ちました。

 

当時勤めていた会社では入社5年目に「5年目研修」なる研修があり

そこで同期入社や転職組を含めて5年目社員と集合研修を受けることになってました

 

久しぶりに怒鳴られる日々を抜け出し、

ワクワクしながら僕は研修を受けにいったのを今でも覚えています笑

 

研修内容はどこにでもある座学とグループワークでした。

 

ただ、私はこの研修を通じて2つのことに気が付くことができました

 

1つは、「自分のちょっとした成長」です

 たかだか4日間の集合研修です。そこで普段の日常業務レベルはわかりません。

 ただ、研修を通して同期や講師が自分の発表内容やワークの進め方を褒めてくれることで

 「自分は少しでも成長したんではないか」と感じることが出来ました

 (これは毎日怒鳴られている中では決して気がつかないことでした)

 

2つは、部長の指導への感謝です

 

 研修で同じ入社5年目の方とワークをする中で感じたことは

 「あれっ、その段階でもし部長に発表・報告したらボロッカスに怒鳴られるよ」

 「あれっ、その報告の仕方したら聞く価値がないよと無視されるよ」というようなことを

 みんなが普通にしていることです。

 

 この時になって初めて毎日部長に怒鳴られるという自分の状況が

 いかに恵まれていることに気がつきました

 

なぜなら下記の2点に気がついたからです

 ・私に指導してくれる人は日本一大きい企業に入社でき、役職者につく力があること

 ・部長がわざわざ入社3年目〜の下っ端に労力をかけ指導する必要はないこと

  (部長の年収が1,5千万なら1時間の価値は200日×7.5時間として1万円です)

 

この研修を通じ、今までは毎日怒られるのは苦しく・なんで自分ばかりと思っていましたが

今の環境が非常に恵まれたものなのだというように意識が変わるきっかけになりました

 

4.井戸の外には何があるんだろう〜

 

 研修を契機として僕はあることを考える機会が増えました。

それは「仕事はどうやったら上達するのだろうか」ということです。

 

そして自分なりに立てた予想は

「仕事が上達したければ、仕事のできる人の近くにいることが大事」ということです

 

ただ、自分に置き換えて考えると、部長が着任してから3年がたった今

「部長がいつまでもこの部署にいて、自分を指導してくれるとは限らない」と思いました

 

また加えて

 自分は絶対評価では前より少しは進歩したた感じましたが

 「相対的に考えると自分は全然自信がありませんでした」

 

私は上記の2点について非常に不安を感じるようになりました

 

 

そしてこの不安に対する自分なりの対策として思いついた作戦が転職活動です。

「転職活動をすれば、社会との接点を持ちてるので今のレベルを測れる。

 そして運良く部長のような人がたくさんいる会社に入れば

 自分にもなんらかの好影響があるのでは?」と考えたのです。

 

そして僕は入社時点では全く視野になかった転職活動なるものをやってみることにしました

 

5.で、結局何が言いたいのかと言いますと

 

ごちゃごちゃ、書いてまとまりがなくなってしまい、すいません。 

 

今回の記事を要約すると僕はこの部長に出会ってから

「社内ニート」から大きく人生が変わリました。

 

しかし、出会っただけで人生が変わったわけではありません

変わったのは自分が「今だ!」と感じた時に少しの勇気を振り絞ったことが要因かと思います

 

だから、今回言いたいこととしては

 

1.「今しかない」と感じたら思い切って飛び見ましょう。

 そしてチャンスは何回もやってきてはくれないと思います

 

 僕の話はスケール感は小さいのですが、

 僕は「部長が着任したときに思い切って、変わりたい」と伝えた当時の自分に感謝してます

 

 皆さんも、「あの時にあのようにすればよかった」という経験はあると思います

 

 でも、僕の持論ですが

 「思った瞬間こそ、一番パワーが宿ると思ってます」

 だから、また今度やろうでは二度とそのチャンスは巡ってこないのではないでしょうか

 (一番パワーが出る時に取り組まなかった課題なので・・・)

 

 だから今回言いたかったことは

 自分の心が動いたらその時、すぐに取り組んでみようということです

 

 きっと将来の自分も自分で決断したことであれば

 結果がよかろうと悪かろうと認めてくれるのではないかなと思います

 

 以上、長文読んでくださりありがとうございます!

 

 次回は、「僕の人間関係 失敗談について」紹介したいと思います

 また、ぜひ読んでもらえると嬉しいです

 

 

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